思わず「美味そう!」と唸り声が漏れ出る。

私は食べ物の画像だけでは空腹を感じないのに、活字となると俄然お腹が鳴るものである。

小川糸さんの『旅ごはん』
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主に海外で食べて印象に残っている料理のエッセイ集。
出身地の山形のお店も登場する。

日本では「同じ鍋をつつく仲間」という言い回しがある。
海外でも「同じパンを食べた仲間」という考えもあるようだ。

小川糸さんは料理には二種類あると思っている方。
頭で食べる料理と、体で食べる料理。
これについては私も同意。

手が込んでいて見た目にも美しく美味しい。
でも、なぜか何を食べたか思い出せないのがある。
それが頭で食べる料理。
量はたくさん食べたはずなのに、どうもまだ胃袋のどこかに隙間があって、空虚感が残っている感じ。

きっとそれは、胃袋に隙間ができているのではなく、心が満たされていないのだろう。

いくら頭で、美味しいと思いながら食べても、体は正直に反応する。

「裸の王様」みたいなもので、頭の方はがんばって美味しいと思おうとしているけれど、体は、本当に美味しいですか? と疑問を投げかけている。

値段が高かったり、人気店だったりすると、悔しいから余計にその作用が働く。

これにも同意。だからこそ私は旅先では客室が数部屋だけの“こだわり”が強いところへ泊まるようにしている。

日帰りの場合は地元ナンバーしか駐まっていないお店を探す。
そういうお店は何年経っても思い出すのだ。

そして美味しい料理を食す前に忘れてはならない事前準備がある。
それを表した西洋のことわざがある。
空腹は最高のソース